2026年08月21日
提言書の「見出し」、ふんわりとした曖昧さが、政策提言の切れ味を鈍らせると思うのですが(2026年8月20日第15回 未来を担う若者支援検討協議会)
8月20日、第15回未来を担う若者支援検討協議会が開催されました。
今回の協議会では、前回の会議までに一通り合意した提言書の「本文(具体的な内容)」の最終確認を行うとともに、提言書の全体構成、そして各提言項目の「見出し(タイトル)」についての協議を行いました。
なお、前回からの積み残しであり、今回本格的に議論すると思われた政策提言の「前文」については、付随する「はじめに」および「むすびに」の素案が無い中で議論しようがないので次回にしてもらえませんか?と私から提案し、次回に先送りされました。
■ 「ふんわりとした見出し」への変更案
現在、執行部に提出する提言書の構成を進める中で、各項目の見出しについて正副委員長から変更案が提示されました。 その趣旨は、これまでの具体的で説明的だった見出しを、やわらかい表現に揃えるものでした。
それも一つの考え方ではあるので、私も否定するところではないものの、提示された変更案は、全体的に抽象度が高く、ポエティック(詩的)でふんわりとした表現なので、「これでは政策提言としての切れ味は鈍るのでは?」と感じました。
■ 私の「切れ味が失われる」という危惧の背景
変更案は、確かに言葉としての収まりは良く見えるかもしれません。
しかし、抽象度を上げて綺麗に揃えようとした結果、見出しだけを読んでも、具体的に何を求めているのかがふわっとしてしまい、何のことだかよく分からなくなっているという状態に陥っていると感じました。
特に私が危惧しているのは、以下の部分です:
- 小見出し2(2): (旧)「若者の意見を聴取する会議体等を設置する」 →(新案)「若者の声が届く場をつくる」
- 小見出し2(3): (旧)「審議会等の委員への若者の参画を促進する」 →(新案)「若者の声を審議会等に活かす」
私たち会派がこれまで1年以上にわたって議論し、勝ち取ろうとチャレンジしてきたのは、単に声が届くような場(ワークショップやイベント等)をその都度つくるというソフトな話ではありません。
時の政権や市長の都合に左右されず、若者が主体的に政策決定に関与できる「常設の会議体(若者会議等)を制度として設置すること」です。
既に、政策条例はつくらない、としてしまった時点で残念な状況ではあるのですが、
これをこの期に及んで「声が届く場をつくる」というふんわりとした表現に置き換えてしまうことは、提言が持つ本来の目的を曖昧にし、執行部(市側)に対して突きつける要求の切れ味を一層鈍らせてしまうことになります。
議会が執行部に対して行う政策提言である以上、一目見て「行政が何を具体的に実行すべきか」が明確に伝わる、説明的で強い見出しが望ましいと私は思います。
そうでなければ、執行部側に曖昧に受け流され、お茶を濁されて終わってしまいます。
せっかく若者との意見交換会(広報広聴会)を経て積み上げてきた議論の意義が、見出しの抽象化によって低下してしまうことになります。
■今後の予定
「前文案」の取り扱い:
自民党案と私(一市民)案を基に作成された正副委員長案が示されました。
これについては、冒頭記しました通り、次回提示される予定の「はじめに(現状の課題)」と「むすびに(今後の条例化への含みなど)」の素案の全体像が出揃った段階で、合わせて総合的に判断・決定することとなりました。
条例化をしない、という意思決定をしてしまった今、この「政策提言書」がどこまで具体的な効力を持てるかは、一つ一つの言葉の強さにかかっていると私は思います。
見出しをスマートに見せるために、本質的な要求をふんわりとさせることは、市民利益にはつながらないのではないでしょうか。
次回、提言書全体の形を決定します。引き続き、エッジの効いた実効性ある提言となるよう、議論を続けてまいります。